一木吉典さんの「オーディオ用真空管マニュアル(119頁〜)」に、歪みの解説があります。出力信号が歪んでしまう様子や、負荷を与えた動特性曲線から歪みを求める解説等々があり、全てを理解できたわけではないですが、以下は、その勉強メモです。
負荷を与えたEc−Ip動特性曲線は、一般に多項式で近似できる。
y=プレート電流、x=グリッド電圧
ここで、x=a*sin(θ ) とすると( 振幅=a の正弦波をグリッドに入力したとき、出力プレート電流 y は )
となる。
倍角公式により、サイン関数のベキ乗は以下のn倍角の式に変形できるので、
・・・
@式は、次のようにn倍角の式に変形できる。
・・・
以上から
動特性曲線が、次の多項式で近似できるとき
y=プレート電流、x=グリッド電圧
グリッドに振幅=a の正弦波 sin(θ)を入力したときのプレート電流の高調波成分は以下となる。
成分 |
振幅 |
波形 |
基本波 |
|
sin(θ) |
2次高調波 |
|
-cos(2*θ) |
3次高調波 |
|
-sin(3*θ) |
これにより、2次ひずみ、3次ひずみは、
となる。
真空管アンプのひずみの解説のなかに、「出力信号の基本波を sin (θ) とした場合、2次歪みの波形が cos(2*θ)、3次歪みの波形が sin (3*θ)となる」、という説明がありました。何故 2次歪みの波形がsin(2*θ)ではないのかちょっと疑問だったのですが、理由が判った気になりました。
動特性曲線はロードラインから求められます。また、エクセルを使うと、動特性曲線上のデータから近似多項式の各係数を求めることができます。ということは、エクセルを使うと、ロードラインから歪み率が容易に計算できる、ということになります。
注意する点としては、
動特性曲線の原点は、横軸のグリッド電圧を0V、縦軸のプレート電流を0mAとしています。この座標軸のままで動特性曲線の近似多項式を求め、『 入力信号 x=a*sin(θ) とすると』、グリッド電圧=0V を基点として信号を入力したときの(バイアス=0V のときの)歪みを計算することになってしまい、動作点を基点とした場合の歪みとなりません。そこで、動作点A(グリッド電圧Eco、プレート電流Ipo)を原点とした新たな座標軸上で、動特性曲線を表す必要があります。
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これからロードラインから歪み率を計算してみますが、計算で得られた歪み率の精度を確認するため、まず、歪み率を実測しておきます。実測と言っても、シミュレータ Tina7 を使ったシミュレーション測定です。( Tina7 にはフーリエ解析の機能があり、基本波、n次高調波の振幅の実効値が測定できます。)
対象真空管は6V6 とし、真空管マニュアルに記載されている動作例に合わせて、負荷を 5KΩ 、動作点をEp=250V、Ip=45mA、Biass=−12.5V としました。また、Tina7 の6V6 真空管モデルでは真空管マニュアルの動作とは若干差異があり、スクリーングリッド電圧を、真空管マニュアルに記載されている250Vより高めの254.48Vとしたところで、所要の電流が流れました。
この測定回路で入力信号 Vi(正弦波)の大きさを 12.5V から 1.5 V(Vpeak)まで変化させ、それぞれの入力電圧に対して、プレート電流のフーリエ解析を行い、基本波、2次高調波、3次高調波を求めました。結果を、以下にまとめます。下記の右図は、散布図の機能を使って描いた入力電圧に対する歪み率グラフです。
では、順番にロードラインから歪み率を計算してみます。
1)ロードライン上の各グリッド電圧と対応するプレート電流の値を Ep-Ip 曲線から求めます。( このあたりの詳しい求め方は、「 ロードラインをサクサクっと 」を参照して下さい。)
2)求めたグリッド電圧とプレート電流から、動作点のプレート電流(45mA)、グリッド電圧(−12.5V)を引き算して、動作点を原点とした動特性曲線上のデータに変換し、このデータから動特性曲線の近似5次多項式の各係数をLINEST関数を使って求め、INDEX関数でセルに配置します。
3)式A、式Bに、得られた多項式の各係数を当てはめると、入力信号(正弦波)の電圧振幅 a に対する歪み率が計算できます。入力信号(正弦波)の電圧振幅 a の大きさを 12.5V から 0.1 V(Vpeak)まで変化させ、それぞれの歪み率を計算しました。下記の右図は、散布図の機能を使って描いた入力電圧に対する歪み率グラフです。
このようにしてロードラインからA式、B式を使って計算で求めた歪み率と実測した歪み率を比べてみました。どうでしょうか?かなりいい感じじゃありませんか?
先の 6V6 の歪み率の算出ではグリッド電圧が 0Vから−30Vまでの、2.5Vステップで13個のデータを使い計算しましたが、プレート特性図から得られるグリッド電圧毎のプレート電流のデータ個数は、実際はそれほど多くはありません。特に多極管の場合は、6個から8個くらいでしょうか。
近似多項式の精度はデータの個数に依存します。データ個数が少ない場合はどの程度の精度ダウンになるのか、13個のデータを間引きして7個まで減らし、歪み率を計算してみました。
得られた歪み率は以下のとおりです。黄色線が7個のデータ、緑線が13個のデータで計算した結果です。13個のときより実測値との差異は大きくなっていますが、2次歪みでの小入力時は実測により近い値を得ています。
先の 6V6 の歪み率の計算では 多項式の次数を 5 次としました。同じ手法で 7 次の多項式でも求めてみます。データの個数は、先の5次の多項式での計算と同様に13個の場合と 7個の場合の2種類としました。
13個とデータ個数が多いとより実測に近くなりましたが、7個の場合はまったく使えない結果となりました。これは、近似多項式を求めるときデータの個数が少ないと、データの間隔等により多項式の次数が多い 7 次の方が 5 次よりもかえって実態との差が多めに算出されてしまうことが要因かと思います。
エクセルのシートを作りました。興味のある方はどうぞ。このシートを使い、いくつかの真空管で計算してみました。
EL34 ・・・ マニュアルに記載れている歪み率と比べて、計算で求めた結果は、5 次の多項式では若干低い歪み率になりました。また、7次の多項式では良い結果がえられませんでした。
47 ・・・ プレート特性図は、インターネット上で多数の EP-IP 実測データを公開「 Ep-Ip Curveデータ集(2006年7月15日)」しておられる高間欣也様のデータを使わせていただきました。このような有益なデータを測定し公開された高間様に感謝いたします。
計算結果は、Cunningham社の真空管マニュアルの値に近い値となりました。
42 ・・・ Tung-solのマニュアルに記載されている歪み率と比べて、計算した歪み率はずいぶん低い値となりました。歪み率曲線の形は7次多項式での計算結果がそれなり?でしょうか。
6BQ5 ・・・ マニュアルに記載れている歪み率と比べて、計算で求めた結果は、5 次の多項式では若干低い歪み率になりました。また、7次の多項式では良い結果がえられませんでした。
¬ 一木吉典著 『オーディオ用真空管マニュアル』 ラジオ技術社
¬ 高間欣也様 「 Ep-Ip Curveデータ集(2006年7月15日)」 多数の EP-IP 実測データ
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