最大出力のときの特性を概算

2018/10/19

 Index

     はじめに

     最大出力電力 Pomax

     平均プレート電流 Ipaveと電源の容量

     プレート損失(単管)Pdmax

     歪み率

     まとめ

 


♪ はじめに

前章で描いた 6AH4GTA級プッシュプルの単管のロードライン、感じが良くて、描いたこと自体で満足しちゃいました。でもでも、ロードラインはゴールではなく設計の始まりです。眺めて満足してはいられません。ちゃんと基本特性を吟味しなければ、、、

ということで、この 6AH4GTのロードラインを例題として、単管ロードラインから最大出力のときの基本特性を求める手法を整理します。(以下、このロードラインの動作を動作例A と記します。)

 

 

* 尚、基本特性を計算する際には、単管のロードライン上の動作点データは、沢山は要りません。

動作基点と最大出力のときの動作データがあれば、最大出力電力や、平均プレート電流、プレート損失を計算できます。また、この他に 2点の動作データがあれば、歪み率が得られる他、最大出力電力などの計算値の精度を上げることができます。

下表が、必要な動作例Aでのデータ、及び、計算式で用いる記号です。

   

*:本項では、グリッド電圧を0Vまで振ったときを「最大出力」としています。(A1級動作、AB1級動作)

 


♪ 最大出力電力 Pomax

出力トランスの一次側の電力は、2つの1次側コイルに加わる電力の合計です。この2つのコイルに流れる信号電流の最大出力のときの波高値は、それぞれ、ipmaxIpoIpoipmin、また、2つのコイルの信号電圧の波高値は等しく Epoepmin ですから、波形に歪みが無いとすれば、

となります。

 

 

 

 

この❶式の値は、歪み無しを前提としていますから、歪みを含む実際の出力電力とは若干の乖離が出ます。具体的には、3次高調波歪み率の2倍ほどの大きな値、例えば、第3次高調波歪み率が 5%なら 2倍の10%ほど大きな値となります。(注)

次式は、歪み成分を加味した近似式で、第 3次高調波歪み率が分かれば、❶式よりも実際の出力電力値に近い値を求めることができます。

ここで      

h3=3次の高調波歪み率 (百分率)

注)管種によっては、逆に、第 3次の高調波歪み率の 2倍ほど低めになることもある。詳細は、「ロードラインから最大出力を概算する式の実力」参照 。

 

尚、この ❶式、または、❶−1式の値は出力トランスの 1次側の値です。出力トランスの伝送損失を加味すると2次側の最大出力電力の概算値が得られます。

 

Ø  動作例Aの最大出力

最大出力電力を ❶式で計算すると 5.37W でした。シミュレーション値は 5.10Wなので、若干多めです。これは上記で述べたように第 3次高調波の影響です。3次の歪み率は、後段で概算していますが、2.58% でした。この値を使って、❶−1式で計算すると、シミュレーション値と同じ 5.10Wとなりました。

 

− 算出過程

❶式による動作例の算出過程   

-1式による動作例の算出過程 

 

 

♬ 負帰還による最大出力電力の増加

この❶−1式を眺めると、負帰還により歪み率が改善されると最大出力が増加することが分かります。例えば、負帰還無しで 5% の歪率なら、6dB の負帰還を掛けると概ね歪率は半減し 2.5% となりますので、最大出力は 5% ≒5%÷22 )ほど増加することになります。

数式上は確かにこのとおりなのでしょうが、どうもピンとはきません。そこで、ぺるけさんの記事「最大出力の簡単計算」を参考に、負帰還により出力が増加する理由を波形的に(直観的に)把握してみたいと思います。

 

1) 3極管のシングル出力回路

まずは3極管のシングル出力回路です。3極管のシングル出力回路は 2次歪みが歪み成分の主成分のため、出力信号の波形は上が伸びた上下非対称の波形となります。従って、負帰還をかけると、出力信号とは逆の下が伸びた上下非対称の歪んた信号がドライバから出力管に入力されます。このため、最小プレート電流に余裕を持たせた動作基点とすることで、動作基点を中心としてマイナス方向により深いバイアスまでスイングでき、出力電流の振幅が大きくなり、結果、出力が増加するそうです。また、負帰還だけでなく、ドライバー段との2次歪みの打ち消しでも同じことが起きます。(詳しくはぺるけさんの記事「最大出力の簡単計算」を参照)

 

2) DEPP回路

DEPP 回路の歪みは 3次の歪みが主体なので、負帰還による出力増加の理由は、シングル回路のようなプラス・マイナス非対称のスイングによるものでは無いはずです。では何故なのでしょうか? 理由を探るため、出力信号の波形をおさらいしてみます。

下図は、プッシュプル回路の出力電流の波形と出力電力の波形です。プッシュプル回路では 3次歪みが主体のため、正弦波が入力されたときの出力電流の波形(黒線の波形)は、振幅は上下で等しいのですが正弦波に比べて痩せています。この痩せた電流が規定負荷を流れるときの電力波形は、周波数が 2倍となり、山が痩せて谷が太っている波形になります。

波形の面積が電力ですから、3次歪みがあると同じ波高長の正弦波と比べると出力電力が少ないことが分かります。

  

負帰還かけると、痩せた波形が帰還されますから出力管( のグリッド )に入力される信号の波形が歪んで太ります。この太った入力信号は歪みにより程よく良くダイエットし正弦波に近くなりますので、結果、出力が負帰還前より増加することになります。

これが、プッシュプル回路での負帰還による出力増加の理由ですね。

 

以上のように、負帰還により最大出力が増加する要因は、

   2次歪みのときは、負帰還によりグリッドへの入力電圧の振幅がマイナス方向に増加する

   3次歪みのときは、負帰還によりグリッドへの入力電圧の波形が太る

ことにありました。

数式より納得感ありです。

 

 

♬ 最少プレート電流の設計

シングル出力段のA級ロードラインでは、最小プレート電流に余裕(遊び電流)を持たせた動作基点としますが、DEPP回路では、このような遊び電流は要らないようです。その要因は幾つか想定されますが、そのひとつが、上記の出力信号の歪み成分の違いではないでしょうか。他は、AB級での歪率の違い、出力トランスの1次インダクタンスの差、カソード電流による動作基点の偏移等々?

 

 

♬ 負帰還を施したときの@式の近似度合い

6dB、約2倍の負帰還をかけたときの最大出力値をシミュレーションで求めてみたところ、下表のように出力が増加し、@式の値に近くなりました。

@式の値は、歪み無しのときの値ですから、歪みが少なくなるにつれて実際の出力電力と@式の値の差異が小さくなるわけで、負帰還を施す前提なら、❶式は実用性十分かと思われました。

 

 

♬ 負荷(出力トランスの1次側インピーダンス)の選び方

最大出力は下記式で概算できましたから、図形的には、三角形QYXの面積が最大出力電力Poを表します。

この三角形QYXの面積は、同じ電源(同じEpo)なら最低電圧epminEpo 0.6倍としたときに最大となります。これは、3極管のEp-Ip特性曲線が1.5乗特性の曲線であるためです。視覚的には2等辺3角形です。

ただし、実際には、電源の内部抵抗や自己バイアス用のカソード抵抗によるプレート電圧の降下がありますから、特に内部抵抗が小さな出力管のときは、負荷をさらに高くした方が大きな出力が得られるとのことです。(「電源の内部抵抗とロードライン」参照)

 

     

 

 

以上は、3極管の場合です。多極管では、最大電流点Qを特性曲線の肩のあたりに置くことが最大出力電力を得るための第一条件になりますので、上記の負荷の選び方は当てはまらないはずかと思いますが、RCAのマニュアルによれば、上記と同様に最低電圧epminEpo 0.6倍にとると良い、との記述がありました。

 


♪ 最大出力のときの平均プレート電流と電源トランスの容量

♬ 平均プレート電流

バイアスが深くなるにつれ極端に電流増幅が少なくなる単管のロードラインの湾曲形状から、プレート電流には多量の 2次歪みが含まれることが予想できます。プレート電流の平均値は、無信号のときの電流値より偶数次の高調波成分の総和量だけ増加した値ですから、無信号のときよりもかなり増加するはずです。

詳しくは、「平均プレート電流」に整理しましたが、最大出力のときの平均プレート電流の値は、次の式で概算できます。

 

Ø  動作例Aの最大出力のときの平均プレート電流

最大出力のときの平均プレート電流を❷式で計算すると 31Aとなりました。

また、シミュレーションで得た値は同じ 31mAで、良く一致していました。

 

無信号のときのプレート電流は20mAでしたから、最大出力のきには1.5倍にもなりました。シングルアンプのときはロードラインが直線ですから、湾曲しているDEPPに比べ2次歪みが少なく、平均プレート電流の増加は目立ちません。

 

 

 

♬ 平均プレート電圧

信号が入力されたときのプレート電圧は、プラス側とマイナス側で等振幅の波形ですから、平均プレート電圧が増加することはありません

ただし、実際のアンプでは、平均プレート電流が増加すると、電源の内部抵抗、出力トランスの 1次側直流抵抗、自己バイアスのときのカソード抵抗により、プレートに供給される電圧そのものが降下してしまいますから、平均プレート電圧は低下します。(「電源の内部抵抗とロードライン」参照 )

 

 

♬ 電源トランスの容量

最大出力のときの平均プレート電流と初段他の所要電流から、アンプ全体の最大電流が概算できます。これをもって使用する電源トランスの定格電流とすれば安全です。

だだし、常用では最大出力で連続稼働させることは無く、また、電源トランスの定格電流は一般的に連続定格になっていて短時間であればこの定格電流を超えても使用できることから、使用する電源トランスの定格電流は、常用出力のときに流れる電流以上であれば良い、との記事を拝見し、なるほどなぁと思いました。

注)推奨しているわけでも、まして、保証しているわけではないです。単なる私の忘備録です。まずは、“常用”のときの電流を把握しなけりゃなりません。

 

 

 


♪ プレート損失(単管)

ぺるけさんの「私のアンプ設計&製作マニュアル・真空管の最大定格 2007.5.20に『真空管にとって、もっとも重要でクリティカルな最大定格は、プレート損失ではないでしょうか。』とありました。読んで納得、なるほどなぁ、です。以下、このもっとも重要でクリティカルな定格・プレート損失を求めます。

 

♬  最大出力のときのプレート損失(単管)Pdmax

プレート損失は、プレート−カソード間で消費される電力で、電源から出力段に供給される電力を出力電力と分け合うことにになります。従い、電源から出力段に供給される電力を平均プレート電流で表すと、2EpoIpave となりますので、最大出力時のプレート損失は次式で求めることができます、

 

Ø  動作例Aの最大出力のときのプレート損失

最大出力のときのプレート損失は、❶式で得た最大出力値を用いて➌式で計算すると 5.12W、より精密に❶−1式で得た最大出力値で計算すると 5.25Wした。シミュレータで測定した値は、5.23Wでした。

 

 

 

♬  最大プレート損失の設計

最大定格を守るためには、最大出力のときのプレート損失や無信号のときのレート損失が最大定格以下であれば良いのでしょうか?

このあたりのことを調べたところ、

・「オーディオ用真空管マニュアル (一木吉典著)」の1-1-2項に以下の記述がありました。

f )  最大プレート損失

プレートの平均損失の最大許容値です。増幅回路のA級、B級などにより次のように変わります。

1. A級増幅 グリッド入力電圧ゼロ、したがって出力ゼロのときにプレート損失は最大になるので、この条件において許容値をこさぬようにして使って下さい。

2. B級増幅 理論上は 63%の入力電圧のばあいにプレート損室が最大になります。

3. AB級増幅 A級、B級の中間になりますが、実用上は最大出力時のプレート損失(入力から出力を引いたもの)と入力電圧ゼロのばあいのプレート損失の両者ともに、許容損失以下にしておけばよいと思います。

・ぺるけさんの記事「私のアンプ設計&製作マニュアル・真空管の最大定格 2007.5.20には、

プレート損失は、動作条件によっても違ってきます。A級増幅回路では、無信号時にプレート損失が最大になるため、無信号時に最大定格を越えていなければOKですが、AB級やB級では、信号が入力された時にプレート電流が急増して、プレート損失が大きくなります。エイヤですが、AB級の場合、無信号時のプレート損失を最大定格の80%以下としたらいいでしょう

とありました。

・情報元を失念してしまったのですが、“ プッシュプルのAB級では、プレート損失は、最大出力に至る途中で最も大きくなる ” とか。

 

実際のところ、どんな感じなのか、各動作階級での入力電圧の増加に伴うプレート損失の推移を、下記シミュレーション回路で観測しました。

       電源は理想電源ではなく内部抵抗有りとしてその値は 600Ωとしている。無信号のときのプレート電圧は250Vとなる。

       A級から B級までバイアスを変化させた以下の動作で、それぞれ入力電圧の増加に伴うプレート損失の変化を測定

       測定した動作(バイアス値)

@ A級(バイアス=-25V

A AB級(バイアス=-28.5V、最大出力のときプレート電流が0.2mAほど)

➂ AB級(バイアス=-30V

C AB級(バイアス=-32V

D AB級(バイアス=-36V

E B級(バイアス=-40VB級としましたが無信号のとき0.2mAほどは流れている)

 

下図が測定結果です。右図は現象を把握しやすいように拡大した図。

¬  @のA級やAの最大出力のときカットオフする AB級では、出力が高くなるほどプレート損失は減少、無信号のときが最大損失でした。

¬  バイアスが−30V AB級では、最大出力の途中 73% 位で最大損失となりました、以下、バイアスが、-32V-36V-40V と深くなるにつれて、この事象が観測されたものの、微小化し最大損失点が右にシフト。

¬  EのB級では、ほとんど最大出力のとき(入力信号が 97%のとき)最大損失となりました。

 

 

何故、このような振る舞いをするのでしょうか? 理想電源( 電源の内部抵抗が 0Ω )でのシミュレーションでは、このようなへの字型にはなりませんでした。

残念ですが、解析できるほどの技量が無く、全ての出力管でこのような振る舞いになるのか、また、その程度はどの位なのか等々、謎です。

発生理由、メカニズムを知りたいところではありますが、回路設計のときに最も重要なプレート損失に関して注意する事項をひとつ知っただけでも良しとしました。

 

 


♪  歪み率

プッシュプル回路の出力トランスの  2次側に発生する信号の波形は、偶数次の高調波が打ち消され奇数次の高調波だけが残ります。これにより、歪み率を概算する際には、主成分の第3次の高調波歪み率を求めれば良いことになります。(詳しくは、「プッシュプル回路での第2次高調波歪みの打ち消し」参照)

また、出力トランスの2次側の電圧波形と出力管のプレート電圧波形(交流成分)は相似形ですから、単管のプレート電圧の波形の第3次高調波の歪み率を求めれば良いはずです。(トランス内での歪み無しとして)

 

プレート電圧の波形の第3次の高調波歪み率を概算する方法は、「ロードラインから2次歪み率3次歪み率を算出できる理由」で整理しましたが、波形の最大値 epmax、最少値 epmin のほかに、最大値、最小値となる入力電圧の半分の入力電圧のときの電圧値  e1e2 があれば次式で概算できます。冒頭の概算に必要な動作点データAは、この e1e2データです。

また、e1e2として、最大、最小となる入力電圧の 1/2 倍の入力電圧のときの値を用いるならば、

です。

 

Ø   動作例Aの歪率

単管のロードラインのデータ @、A から第3次高調波歪みを ❹式で計算したところ、第3次高調波歪みは、2.57% となりました。シミュレータで最大出力のときのV1のプレート電圧波形、及び、OPT2次側の出力電圧をFFT解析した結果、偶数次歪みが 0%、第 3次高調波歪み率=2.58%、全THD2.58% でした。良く一致しています。

 

 


♪ 動作例Aの基本特性

これまで求めた動作例A 6AH4GT A級動作 )の特性計算値とシミュレーション結果です。エイやと決めた6AH4GTの動作基点ですが、結構といい感じ。特に歪み率は、単管のロードラインの曲がり具合から想定できないほど立派でした!

    

 

 


♪ まとめ

最大出力のときの基本特性

1.     出力電力(1次側)

2.     平均プレート電流(単管)

3.     プレート損失(単管)  

4.         3次高調波歪み率

 

 

  

 

 

  


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