ロードラインから2次歪み率と3次歪み率が算出できる理由

2018.5.30

 

SYLVANIAのマニュアルに、ロードラインから得たプレート電流の値により第2次の高調波歪み率と第3次の高調波歪み率を計算する方法が記載されおり、試した範囲では精度良く求めることができました。 (参考 「ロードラインから2次歪み率と3次歪み率を算出する」)

 

本稿では、どうしてロードラインから第3次の高調波歪み率が計算できるのか、その仕組みをまとめます。

 


♪ 概要

グリッドに正弦波 k*sin(ωt) を入力したとき、プレートに流れる電流 Ip が基本波と第4次までの高調波で構成されているとすると、このプレート電流 Ip は次のように表すことができます。

ここで      

Ipo:無信号時のプレート電流

Ipo+Ipa:基本波、高調波の中心電流

f:基本波の波高(最大振幅)

hj:第j次高調波の波高(最大振幅)

 

Ⓐ の方程式の係数は、Ipo+Ipa、f、h2h3h4 5ヶですから、5個の ωt の値と対応するプレート電流の値があれば、各係数の値を求めることができます。( ωti Ipi で各係数を表すことが出来る。)

高調波歪み率は、波高 f に対する各波高い値 h2h3h4 の割合でから、得られた各係数の値から容易に計算できる、ということになります。

肝心の 5個の異なる ωt の値と対応するプレート電流の値は、ロードラインから得られます。

       私には ωt が馴染みが無くて直観的に把握しにくいです。例えば、動作基点の ωt 0 、最大プレート電流のときの ωt 1/2*π、また、例えば、+30V の入力で最大電流になるなら、半分の +15V の入力のときの ωt 1/6*π。( 慣れなんでしょうけど、0度、90度、30度の方がまだましです。)

 

 

 

 

♬  各係数値を求める

選択する5点は任意のはずですので、5点のうち3点は、プレート電流が動作基点、最大電流となる点、最少電流となる点とします。それぞれをO点、A点、D点とし、それぞれのプレート電流を、IpoIpmaxIpminとします。

残った2点は、連立方程式を解きやすいよう、sin(ωt)=±0.5 となる点とします。O点のバイアスの0.5倍、1.5倍の点です。(バイアス=Vまで励振したとき。) この2点をB点、C点とし、そのプレート電流を Ip1Ip2 とします。

こうして選択した各点の ωt の値をⒶ式に代入すると、次の5ヶの連立方程式が得られます。

A点:最大プレート電流点、このときの ωt は、ωt=1/2*π90°)

B点:入力信号の振幅がA点の半分となる点、このときの ωt は、ωt=1/6*π30°)

O点:動作基点、このときの ωt は、ωt=00°)

C点:入力信号の振幅がD点の半分となる点、このときの ωt は、ωt=7/6*π210°)

D点:最少プレート電流点、このときの ωt は、ωt=3/2*π270°)

 

@式〜D式の5ヶの連立方程式を各係数について解いて、プレート電流で表現すると、

となります。

従い、最大プレート電流 Ipmax、最少プレート電流 Ipmin、動作基点のプレート電流 Ipo の他に、入力信号 ein が最大値の半分のときのプレート電流 Ip1と、同じく最小値の半分のときのプレート電流 Ip2 をロードラインから読み取れば、❶式、❷式により歪み率を計算することができます。

 

また、平均プレート電流 Ipave は、次式で計算することができます。

 

尚、各係数を求める数式の経緯は、ここにあります。

 

 


♪ 計算例

右図は、6V6シングルのロードラインです。❶式、❷式を使って、このロードラインで動作したときの歪み率を求めてみます。

最大プレート電流Ipmax、最少プレート電流Ipmnは、それぞれ、89mA10mAです。動作基点のグリッド電圧は -12Vで、最大電流のときのグリッド電圧は0Vですから、B点のグリッド電圧は -6VC点のグリッド電圧は -18Vとなり、それぞれのプレート電流は、70mA25mAです。

これらのプレート電流の値を、❶式、❷式に代入し高調波歪み率を計算すると、

❶式から 2次高調波歪み率=5.1% 

❷式から 3次高調波歪み率=5.2% 

となりました。

実測(シミュレータ)値は、第2次高調波歪み率が5.1%、第3次高調波歪み率が5.3%なので良く一致しています。

 

 

 

 

尚、第3次高調波の歪率の計算結果がマイナスになりましたが、これは、例題の6V6GTシングルの出力信号の波形が、基本波に対して第3次高調波の(ωt=0のときの)位相差がゼロだったためかと思います。

下図は、3次高調波を含む出力波形とその動特性曲線のイメージです。

基本波と第3次高調波の位相差がゼロのときは、下記の右側の動特性曲線がS型で山谷がつぶれた波形になり、このときは計算結果がマイナスになります。(Ⓐ式は左側の波形を想定、3極管のDEPPなどでの波形

 

 


♪  SYLVANIAのマニュアルと違う?

❶式、❷式は、SYLVANIAのマニュアルに記載されていた歪み率の計算式と異なります。(前章「ロードラインから2次歪み率と3次歪み率を算出する」参照)

これは、B点、C点の選択が異なるからに他なりません。

先の❶式、❷式を求めた際のB点、C点は、入力信号が最大値の半分(sin(ωt)=0.5)、最少値の半分(sin(ωt)=-0.5)のときの点としましたが、

SYLVANIAのマニュアルでは、説明を読むと、B点、C点を、入力信号が最大値の1/2sin(ωt)=1/2)、最少値の1/2sin(ωt)=1/2)のときの点としています。

 

このSYLVANIAマニュアルにある選択をしたとき、先と同様に各係数を求めると、

となりました。

従い、歪み率を計算する式は、

となり、❸式、❹式は、SYLVANIAマニュアルに記載されている式と同じです。

− 各係数を求める数式の経緯は、ここにあります。

 

 

 

 


♪ 基本波と第2次高調波だけで構成されているとき

以上は、プレートに流れる電流 Ip が基本波から第4次までの高調波で構成されている、としており、第3次までの高調波が得られる代わりに点Bと点Cを求めることが要求されます。

プレートに流れる電流 Ip が基本波と第2次の高調波から構成されている、とすると、もっと簡易に第2次の高調波歪率が得られます。

 

プレートに流れる電流 Ip が基本波と第2次の高調波から構成されている、とすると、このIpはⒷ式で表すことができます。

Ⓑ式は、係数が3ヶなので、最大プレート電流、最少プレート電流、そして動作基点の値を用いて、先と同様に各係数を求めると、

となり、

歪み率を計算する式は

です。

また、平均プレート電流を計算する式は、

となります。

 

先の6V6シングルのロードラインでのプレート電流の値から❺式で歪み率を求めると、

2次高調波歪み率=5.4% 

でした。

3次以降の高調波は無いと仮定した数式ですが、第3次の高調波が5%程度含まれている波形にもかかわらず、実測値5.1%に結構と近い値が得られました。たまたまですかね?

 

 


SYLVANIAマニュアルには、ロードラインから第3次の高調波歪み率を求める計算式が記載されていましたが、その原理の記述が無く、何故、計算できるのか不思議でした。

ようやくその理屈が分かったときは、単純に嬉しかったです。また、高調波歪みに関して体系的に理解していないことが良く分かりました。このweb頁を読まれる方はいらっしゃらないと思いましたが、当時のノートを読み返して、清書しました。尚、本稿は、高調波歪みを求める仕組みを整理したつもりですが、とっかかりの大事な部分を端折った感があります。

 

参考書籍:「電子管回路 S・シリ―著 枝山大三訳」

 


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