2次歪みの打ち消しを狙ったシングル・アンプの設計をする場合、例えば終段の歪み率が5%だったとして、前段の歪み率はどのくらいの塩梅が良いのでしょうか。感覚的には、同じ歪み率の5%が良さそうと思われますが、どうなのでしょうか? また、歪み率に違いがあったときはアンプ全体ではどの程度の歪み率になるのでしょうか。出力が大きいと歪み率も高くなるので、増幅率も関係するのでしょうか。
このあたりを探訪してみました。
正弦波を増幅した際に表れる2次歪み(2次高調波)の波形は、面白いことに歪みのないきれいな正弦波なのだそうです。ただし、基本波(歪みなく増幅された波形)に対して、周波数は2倍で、位相は90度の差があるそうです。Sin(θ)を A倍に増幅した場合の基本波と基本波のD%の波高の2次高調波を1周期分だけエクセルを使ってグラフ化してみました。
同じ様に、入力信号(5周期分のサイン波)とその出力信号の基本波と2次高調波をグラフで表してみました。真空管アンプが検討対象なので出力は180度反転させています。また、360度(1周期)毎に90度の間隔で4区間に区分しています。
1周期分の波形にはサイン波、コサイン波、マイナスのサイン波、マイナスのコサイン波の4種類があります。各区間の入力波形は、この4種類のいずれかに相当します。それぞれを入力したときの出力(基本波と2次高調波の波形の組み合わせ)を、図2から読み取り、表1にまとめてみました。例えば、区間1では入力波形がサイン波であり、出力される基本波はマイナス・サイン波、2次高調波はマイナス・コサイン波になります。増幅率をA倍、2次高調波率をD%としています。
入力波形(1周期) |
出力波形 (基本波と2次高調波) |
|||
区間1 |
サイン波 |
k*sin(θ) |
基本波 |
-A*k*sin(θ) |
2次高調波 |
-A*D*k*cos(2*θ) |
|||
区間2 |
コサイン波 |
k*cos(θ) |
基本波 |
-A*k*cos(θ) |
2次高調波 |
A*D*k*cos(2*θ) |
|||
区間3 |
マイナス・サイン波 |
-k*sin(θ) |
基本波 |
A*k*sin(θ) |
2次高調波 |
-A*D*k*cos(2*θ) |
|||
区間4 |
マイナス・コサイン波 |
-k*cos(θ) |
基本波 |
A*k*cos(θ) |
2次高調波 |
A*D*k*cos(2*θ) |
表1 入力波形と出力波形の関係(増幅率=A、2次高調波歪み率=D)
この表1を使って2次歪みの打ち消しの様子を調べてみます。入力波形をサイン波とコサイン波とで分けてみたところがミソかと思ってます。
初段と終段から成る2段アンプの2次歪みの打ち消しの様子を信号の波形から調べてみます。初段と終段の増幅率と2次高調波率を、それぞれ、A1、D1、A2、D2とします。
ますは初段です。
表1から、初段にk倍のサイン波(k*sin(θ))の信号を入力したとき、A1倍に増幅された歪みの無い基本波@と、振幅が基本波@のD1%である2次高調波Aが出力されます。
初段入力 |
初段出力 |
||
サイン波 |
@ |
基本波 |
-A1*k*sin(θ) |
k*sin(θ) |
A |
2次高調波 |
-A1*D1*k*cos(2*θ) |
表2 初段の入力と出力
次は終段です。
終段の入力信号は、上記の初段の出力である基本波@と2次高調波Aになります。Aは初段の歪み成分ですが、単独の波形で見れば、歪みの無い綺麗な正弦波です。従って、@の出力として基本波Bと2次高調波Cがされるように、Aの出力として基本波Dと2次高調波Eが出力されます。@はマイナス・サイン波、Aはマイナス・コサイン波ですので、表1から、CからEの波形を求めると、表3のようになります。
終段入力(=初段出力) |
終段出力 |
|||
@ |
マイナス・サイン波 |
B |
@の基本波 |
A2*A1*k*sin(θ) |
-A1*k*sinθ) |
C |
@の2次高調波 |
-A2*A1*D2*k*cos(2*θ) |
|
A |
マイナス・コサイン波 |
D |
Aの基本波 |
A2*A1*D1*k*cos(2*θ) |
-A1*D1*k*cos(2*θ) |
E |
Aの2次高調波 |
A2*D2*A1*D1*k*cos(4*θ) |
表3 終段の入力と出力
出力信号は、BからEの4ヶの波形が加算された波形です。アンプ全体から見れば、Bは歪み無く増幅された出力信号(基本波)で、C、D、Eが歪み成分(高調波)です。
出力信号=B+C+D+E
B・・・歪みなく増幅された基本波
C、D、E・・・歪み成分
ここで、歪み成分CとDは基本波の2倍の周波数の波形で2次高調波です。C、Dは、同一周波数で正負の波形なので加算すると互いに打ち消しあいます。そして、初段と終段の歪み率が等しいとき(D1=D2のとき)に、完全に打ち消されることが判ります。
2次歪み=C+D=(D1-D2)*A1*A2*k*cos(2*θ)
Cは、終段で発生する歪み成分で、Dは初段で発生する歪み成分です。初段で歪みなく増幅された信号(基本波)が終段で増幅された際に発生する2次歪みCと、初段で発生した2次歪み成分が終段で歪むことなく増幅されたDとが、互いに打ち消しあうわけです。
これが、2段アンプでの2次歪みの打ち消し、の正体ではないでしょうか。
次に、Eから、2段化したことにより、新たに4次高調波(4次歪み、歪み率はD1*D2)が発生していることが判ります。2次歪みの打ち消しが100%できて、C+D=0 となったとしても、出力波形には、2段化により新たに発生した歪み成分のEが残ります。
E =A2*A1*D2*D1*k*cos(4*θ)・・・新たに生成された4次歪み
以上から、
効果的な2次歪みの打ち消しを狙った設計手法としては、規定電圧がアンプから出力されるときの初段の2次歪み率D1 と終段の2次歪み率D2 が等しくなるように設計すれば良い、ということになりました。理論的には、D1=D2 のときに2次歪みは完全に無くなり、D1≠D2 のときに |D1−D2| の量の2次歪みが残ります。
また、2段化したことにより新たに4次歪みが発生し、その歪み率は D1*D2 です。例えば、D1=10%、D2=11% の場合、(3次以降の歪みは無しとして)、アンプ全体の2次歪み率は 1% となり、4次歪み率は 1.1% となります。
2次歪みの打ち消し条件としては、初段と終段の増幅率は関係がありませんでした。
また、入出力の波形が逆転しないと、2次歪みは打ち消されず、逆に加算され、歪み率は D1+D2 になります。
波形の視覚的なアプローチでスマートなやり方では無かったですが、打ち消しの様子が掴めました。
ぺるけさん 「私のアンプ設計マニュアル / 真空管で発生する歪み(負帰還の予備知識)」
EDN Japanさん EDN Japan >アナログ >デジタルオーディオの基礎から応用(3)
Wikipediaさん 全高調波歪
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